田の神って誰?

歳時記をめくれば、「案山子揚げ」という季語があるのに出くわします。 「から揚げ」、「さつま揚げ」のような食物のことなのでしょうか。

いいえ、ちがいます。実際にそのような名前の食べ物もあるようですが、ここで取り上げるのは、長野地方の行事で陰暦十月十日(新暦で今年は11月22日)に行われる稲の収穫祭のことです。

田んぼから案山子を引き揚げ、それを外庭や土蔵などの清浄な所に祀ります。

案山子を田の神のご神体とみなし、秋にその「田の神」が山に帰って山の神になるという考えが基本となっています。長野限定の行事ですから、一般的にはなじみが薄いですが、冬の季語として、「歳時記」にも掲載されています。この日は、二十四節気では小雪(しょうせつ)にあたり、ちらほらと小雪も舞うころです。

立ちっぱなしもお役御免

案山子は言わばスズメから稲を守る見張り番・守衛・警備員のようなものですが、案山子の立場で考えてみると、二十四時間、立ちっぱなし、年中無休、ゲリラ豪雨や猛暑日も稼働、かと言って、自分の守ったお米をたとえ一粒たりとももらえるわけでもないということで、今風に言えば、これ以上もなくとんでもない「ブラック」なお仕事ですね。

それが、お役御免になったとたんに「神」にまであがめたてまつられるわけですから、案山子もさぞかしびっくりすることでしょうね。

新米の守り神

稲の品種、地域差によって時期にはバラツキもありますが、実った稲がこうべをたれ、黄金の稲穂が、一面に広がる日本の秋景色はまさに壮観です。水田稲作は、約 3,000 年前(紀元前 10 世紀)にまず九州北部に最初に伝来して、そこから伝播していったと考えられています。稲刈りの方法などは時代とともに大きく変わっていったにせよ、その風景にはいかにも約3,000年の歴史の重みを感じます。

自然との共生とよく言われますが、考えてみればの「水田」などは人工の最たるものであって、この水稲栽培には、自然と人工の見事な共生が、見られると言ってもいいでしょう。田んぼの周囲にはそれなりに「生態系」が形成されます。言うまでもなく、その中に「カカシ」というものはふくまれません。それもそのはずです。案山子は生物なのではなく「カミ」、なのですから。